【イベント報告】お腹の痛みと共に生きる〜病気との付き合い方・食事・生き方〜
川西智治氏のプロフィール
元トヨタヴェルブリッツのラグビー選手で潰瘍性大腸炎患者*1。ラグビーの強豪・流通経済大学付属柏高校でプレーし高校日本代表に選出。その後流通経済大学に進学し主将も務める。2010年からJapan Rugby Top League (現Japan Rugby League ONE:リーグワン)の強豪トヨタヴェルブリッツでプレー。潰瘍性大腸炎を2011年に発症した後もフッカーとして自己犠牲の精神を前面に押し出したパフォーマンスで34歳まで現役プレーヤーとして活躍。昨年引退。現在は企業人として第二の人生を歩みながらラグビーの指導などにも携わる。
トークセッションの内容
潰瘍性大腸炎の発症とラグビーとの両立
社会人2年目の夏合宿中でした。血が出たんです。でも腹痛はありませんでした。ラグビーで血は見慣れていたこともあり、痛みもないので大丈夫だろうと軽く考えてそのまま合宿を続けました。帰ってきて病院に行ったところ潰瘍性大腸炎だと診断されました。
3年目からはコンスタントに試合に出させてもらえるようになりました。でもその頃から便の回数が増え、常に便には大量の血が混じっていました。
この時は食べるとすぐトイレに行くような状況でした。すぐトイレに行きたくなるのでトイレが近くに無いと怖くて食事は食べられませんでした。
シーズン中は遠征が多かったです。長時間の移動がある場合、早朝に少しだけバナナやゼリーなどを口にし、移動が完了してすぐトイレに行ける状況になってからやっとご飯を食べられるといった状況でしたので、なかなかコンディションを作ることが難しかったです。
体重が100kg程度無いといけないと言われているポジションで、83kgまで落ちた状態でプレーしている時もありました。
ですが、自分自身やっと掴んだチャンスであり、試合で活躍していたので、「なんとか治療で持ちこたえながらプレーしたい」と考えていました。こうした私の要望に対し、会社やかかりつけ医の先生達がサポートしてくださり、毎週試合という厳しいシーズンを戦い抜くことができました。
症状が悪化したときは、外来の時間外の時間であっても、2、3日ほど効果のある注射を試合前に打って試合に臨むこともありました。
平日は、透析のような一度血液を出して機械に通してまた戻す白血球除去療法という治療を試し、1回の治療に時間もかなりかかりました。週に2回白血球除去療法を行いながら通いながらシーズンを送りましたが、シーズン終盤に足首脱臼骨折という怪我をしてしまい、シーズンを終えることになりました。
絶食入院
来季に向け「必ず活躍し日本代表になる」と強い気持ち持ってリハビリに望んでいる中、ある夜中に寝ていると突然腹痛で目が冷めました。
トイレに行き、また部屋に戻るとすぐ腹痛が起き、トイレとの往復をし続け、最後はトイレに座ったまま朝まで寝ていました。
次の日も早く治すためリハビリに行きましたが、トレーナーに止められました。次の日にはよくなると思って横になって休みましたが、変わらずこの日もトイレで寝ることになりました。仕方なく病院に行くと炎症値がかなり上がっており、その日にすぐに入院となりました。
先の見えない絶食入院です。
みるみるうちに体は小さくなり今までの努力が全て水の泡になりました。
病室で「なんで俺だけこんな目にあわなきゃならないんだ」とすごく悔しかったことを覚えています。
考えて努力する
最初は潰瘍性大腸炎について母に話していませんでした。しかしある時に母親に打ち明けたら、実は母も潰瘍性大腸炎であると言われました。
小さい頃から母親が体調が悪そうだなと思うこともあったのですが潰瘍性大腸炎だったとは知らなかったので驚きました。
そして母親からは「潰瘍性大腸炎は治る病気ではないから、体の一部として付き合っていかないと。」と言われました。
その言葉は私と潰瘍性大腸炎との付き合い方を変えるきっかけとなりました。
それまでは努力は必ず報われると考えて、体調が悪い時もずっと練習を続けていました。食事も過度に節制をして病気に悪いことは一切しないと心がけていましたが病状は良くなりませんでした。
病気と付き合っていくために「考えて努力する」ようになりました。
体調が優れない時はまず回復のために休み、食事も無理せずにいい意味で過度に節制せずに取ることを心がけました。
「どうしたらラグビー選手としてグランドで活躍できるのか?」「今自分に必要な事は何か」を常に考えて、ベストな選択をするように意識するようになり、病気とうまく付き合えるようになりました。
気持ちのコントロール
試合に出たり出なかったりの時期があり、何かを変えなければと考えている最中にチームが契約していたメンタルトレーナーのセッションを受けるようになりました。
メンタルトレーナーの方の指示は、目標とその目標達成のために必要な要素を書きだすことでした。そこでその要素を可能な限り書き出しました。
そのあとに、自分の悩みについても書き出していきます。そして一つ一つの悩みに対して自分の目標を達成するために何をするのがベストかを考えて、行動に移していきました。
例えば「症状を我慢してプレーすることが目標に繋がるか」と質問を受けて「繋がらない、必要なのは安静にし、まずは症状を落ち着かせる。落ち着いたらまだハードにトレーニングする」といった具合です。
みんな体を鍛えるためにトレーニングはしますが、メンタルのトレーニングはおろそかにしがちです。私はメンタルのトレーニングも大切だと思います。
プレーの中では「ルーティン」を実行
プレッシャーのかかるプレーでは常に「ルーティン」を作るように意識していました。
私がプレーしていたフッカーというポジションでは、ボールをサイドラインから投げるプレーを担当します。
その際ボールが少しでも横に逸れると反則になったり、敵チームのボールになってしまうことがあります。
そこでミスをしないために一つ一つの動作に「ルーティン」を作り、それができるように反復練習を続けました。
ボールの持ち方、立ち方、ボールを投げた後のフォロースルーなど。
これらの動作一つ一つに集中することを練習から意識して取り組むことで、大きな試合でもプレッシャーに負けることなくプレーすることができました。
1日1日、1プレー1プレーを大切に
人によって考え方は異なると思いますが、大きな目標を掲げた上で、それに向かって日々の練習・試合において、小さい目標を手前手前に作ると良いと思っています。
大学時代に、名力士「寺尾」の特集を見たときに「今日一日だけ努力しようという心意気でやってきた」とおっしゃっていたのが自分の心に響ました。
それからは頑張るのはその日1日だけと自分に言い聞かせ、その日が終われば目標達成。練習後はゆっくり休み、そして次の日起きたらまた「今日一日だけ努力しよう」と心に決め、それを毎日繰り返していました。
引退間近の頃には、ランメニューの1セット、筋トレの1回、グラウンドでも1プレー1プレー、この1回に全力という形で、目標の設定がどんどん短くなっていきました。
目の前のことに集中することを継続してきた結果、潰瘍性大腸炎を患いながらも、ラグビー選手として長く現役を続けることができたのだと思います。
潰瘍性大腸炎の公表について
この病気は外見からわかる病気ではないので周囲の目は厳しかったです。
私自身は日本代表になって発言できるようになったら、潰瘍性大腸炎を公表しようと思っていました。
以前潰瘍性大腸炎を患うタレントの方が病気をテレビで公表しているのを見て自分自身がとても勇気づけられた経験もありました。
いつか自分も日本代表になって発言権がある状態で、同じ病気で悩んでいる人達に勇気を与えたいと考えていました。
30歳を超え、毎年「引退」の2文字が頭をよぎる中で、現役である今公表することで勇気を持ってもらえるのではないかと考えるようになりました。
実際に公表するのはそれなりの覚悟が必要だと思い、尊敬する先輩に相談したら、公表して他の人から何か言われるのは問題ではなく、苦しんでいる人たちに向けてメッセージを発することが大切なのではないかとのメッセージをもらい、公表を決意しました。
公表後、チームメイトやラグビー関係者から連絡があり、病気に関して認知してもらうことができました。理解がある環境の中で生活することで心の負担を軽減することができました。やはり病気を理解してもらうことは大切なんだと思いました。
引退後の生活について
引退後はそのまま会社に残り一から社会人を始めました。
引退と同時に違う職に就こうかと考えたこともありましたが、これまでラグビーという世界の中でしか生きてこなかったので、この経験も必ず何かにつながるだろうと思い、あえて苦手な分野で頑張ると決めました。
日々の仕事を通して人間的にも成長しつつどんどん前に進んでいきたいと思います。
編集後記
川西様のこれまでの経験から滲み出てくる、強さ、優しさ。さらに病気とラグビーの両立を通して形作られた哲学は示唆に富んでおり何時間でも話を聞いていたかったです。
アスリートとして最前線で活躍されてきたからこその知恵は病気を抱える人だけではなく、多くの一般の方にとっても参考になるものではと思いました。
当日も多くの方にご参加いただきましたが、会場に入る時は緊張の面持ちだった方々も会場を出る際には清々しい表情をしていたのが印象的でした。
川西様お忙しい中トークセッションに参加いただき誠にありがとうございました。
参考情報
- 潰瘍性大腸炎は、腸管の粘膜に潰瘍ができる炎症性の疾患です。症状は、腹痛や下痢、下血などで、多くの場合は症状が軽快する「寛解」と悪化する「再燃」を繰り返し、QOL(生活の質)を低下させます。本疾患は、発症メカニズムが未だ解明されておらず、厚生労働大臣により「指定難病」に指定されています。 国内患者数は約22万人で、近年、増加する傾向にあります1)。1)厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班による「潰瘍性大腸炎の皆さんへ 知っておきたい治療に必要な基礎知識」(2020年3月改訂)